私は死ぬまで働くべきかもしれない


こんばんは、まろたです。

前回に引き続き、長かった年末年始の休み中に考えたことを書いてみます。

たっぷり時間をとれたからでしょうか、今までの考え方の反省が多くなりますね。

待ちに待った長い休みだったが。。。

私はダメリーマンなので、平日は常に週末を待ちわびて過ごしています。

そして、ようやく迎えた週末は飛ぶように過ぎ去り、また平日が始まってしまいます。

もっと長い休みが取れないものか。常々そう思っていました。

必要最低限の予定しか入れず、その日に思いついたことをやって過ごしたい、と。

そんな私にとって、今年の年末年始はその願いが叶った形の大型連休となったのです。

実際に長かった年末年始の休みでしたが、少し後悔の残る過ごし方となりました。

それは何故か。

とにかく、起きていられなかったのです。何をしようか考えている間に寝てしまうのです。

三が日の帰省と朝昼晩の食事以外、殆ど寝ていたと言っても過言ではありません。

その結果、連休後半は体調を崩し、結局最後まで布団から出られずに終わってしまいました。

魅力的な選択肢だった「早期リタイヤ」

私が経済的自由を目指しているのは、人生の選択肢を増やすためです。

そして、その選択肢の中でも早期リタイヤはかなり魅力的に映っていました。

会社での労働に相当多くの時間を取られている実感があったからです。

それが無くなれば、どんなに有意義な時間の使い方ができるだろうと夢想していました。

しかし。。。今回の経験を経て、早期リタイヤはそう簡単ではないと思い直しました。

「早期リタイヤなんかしたら暇を持て余してしまう」とは、よく聞く労働推奨派の意見です。

これについては自分には当てはまらないという自信がありました。それは今も変わりません。

会社に行くよりもマシな暇の潰し方ならいくらでも思いつく自信があります。

私の場合、問題はむしろ逆。

暇を持て余すどころか、ひたすら眠ってあっという間に人生が終わってしまう恐怖を感じました。

食べて寝るだけの生活は本当に信じられないほど早く時間が過ぎていきます。

もう少し生産的なことをして人生を積極的に楽しみたい、そう思うようになりました。

当たり前のことかもしれませんが、実際に長期休暇を寝て過ごして初めて実感できたことです。

今後考えるべきは「早期リタイヤ」より「働き方」

「生産的なことがしたい」と考えて最初に浮かんできたのは、仕事をすることでした。

何か目標を立てて、それに向かって自分の能力を向上させ、結果として人の役に立つ。

こういうサイクルが成り立つのはやはり仕事だろうと思ったのです。

もちろん、「仕事をする=サラリーマンを続ける」ではなく、他の選択肢もあると思っています。

 

私は経済的自由を達成して、早く仕事をしてもしなくても良い状態になりたいと思っていました。

そうすれば、仕事を面白くするという難題に立ち向かわずに済むという思いもあったかもしれません。

ただ、この問題はどうも避けては通れないようです。

選択肢を増やすための資産形成はもちろんこれからも進めていきます。

それと並行して、どうやったら一生続けても良いと思える働き方ができるかを考えていきたいです。

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そのためにも、粛々と資産形成を続けていきます。

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