資産があっても働き続けないと生きていけない?


こんばんは、まろたです。

以前、70歳まで定年を引き上げるというニュースについて記事を書きました。

今回も労働に関するニュースについて記事を書いてみたいと思います。


常に市場価値を高く保って働き続けないと生きていけないのか

今日のネットニュースの中で、2つの記事が目に留まりました。

1つ目は、生涯現役で人材としての価値を高めないと生きていけないという記事です。

「高齢者は75歳以上」に定義し直す時が来た

記事を引用しながら、内容を簡単にまとめてみます。

・これまでの日本は生産年齢人口が多かったために手厚い社会保障を実現できた

・今後は激増する社会保障費の負担がのしかかる上、人手の面でもサービスを受けられなくなる

・それらの問題を全て解決できる対策が定年の延長、あるいは廃止である

というのが前半の趣旨です。

団塊の世代が75歳以上になる2025年頃からは社会保障費が激増するだけではなく、医療機関や介護施設、さらにはそのスタッフまでもが足りなくなります。働き手世代が急減していくことで、企業の人手不足は深刻となり、サービスを中心に社会インフラが維持できなくなるのです。

一例を挙げますと、人手不足で救急車や消防車が来ない、宅配サービスが届かない、電車やバスの運行本数が激減する、地域からガソリンスタンドやコンビニが消えてしまう等の弊害が出てくることが予想されます。

それらの由々しき事態を回避するために有効な対処法が、定年の延長や廃止にあります。定年の延長や廃止をする企業が増え続けていけば、日本社会にとっていくつもの処方箋が提供されるからです。

年金を支給する国の立場から言えば、確かにこういう社会を望んでいるのだろうと思います。

私も以前書きましたが、若い世代からすれば年金支給開始年齢の引き上げは早い方が望ましいです。

この記事で私が引っ掛かったのは後半部分です。

社会保障費の負担という点では、私はどの世代も逃げ切れないと思っています。就職氷河期に不安定な雇用を余儀なくされた年代の人たちが、今後、高齢化してきますので、彼らの老後の生活費を社会全体で負担しなければならなくなります。年金減額をはじめ、定年後の税や社会保障費の負担増も避けられないでしょう。

人手不足についても、高齢者の絶対数がピークとなる2042年に向けて、現在ではとても想像できないような深刻な事態が生じることが予想されます。情報技術やAI(人工知能)の進化でホワイトカラーの仕事では効率化が進むでしょうが、介護、宅配、農業などの分野では相当数の人手が不足するとみられています。

今後の日本では、1人が複数の仕事に就くことは当たり前になるでしょう。現在は副業ですが、「ダブル本業」の時代を余儀なくされるかもしれません。みんなが今以上にスキルアップを図り続け、働かなくては社会サービスが維持できない時代がやってくるのです。

個々人においては社会に出てからも何度も学び直しを求められる社会になると認識しておいたほうがよいかもしれません。自己投資をしてでも個々の能力を磨き続けることが求められるようになっていくのだと思います。

まず、人手不足とスキルアップ・学び直しの関係が分かりません。

労働力が不足するという介護・宅配・農業等の分野でスキルを磨けということでしょうか。

そして、決定的に意味が分からないのが以下の部分です。

会社員の中には老後のための資産運用にいそしむ人々が多いですが、定年が消滅していく時代に必要な働き方とは、人生の後半に向けて自らの技術や能力の向上に努めることだと思います。少子化が進めば、たとえ1億円のお金があっても、現在ならば普通に享受できているサービスが受けられなくなるわけです。また、お金をいくら払っても買えないものが出てくるでしょう。お金などいくらあっても欲しいものが手に入らなくなるのですから、ある意味、「安心な老後」などというものは存在しなくなるかもしれませんね。

資産があっても働き続けないと生きていけないと主張しています。

老後への備えとして資産運用では不十分かのような書きぶりです。非常にひっかかります。

冷静に考えてみましょう。何がどうなったら1億円の資産で安心できないことになるのでしょうか?

ハイパーインフレが起きて1億円の価値が千円になるとか、そういうことを言いたいのでしょうか。

インフレに強いのは株式です。

アメリカ等の人口が増加する国の株式に投資して資産を運用していれば、インフレの対策はできます。

それとも単純に需要と供給の問題を指摘しているのでしょうか。

少子化でサービスを提供する人が減り、1億円積んでも引っ越しできない社会が来るとでも?

そして、そんな非常事態が定年の延長・廃止で解決されるとでも言いたいのでしょうか。

全世界的に少子化が同時進行しているなら分からなくもないです

そうなれば確かに労働の担い手が全く居なってしまうので、お金が意味を成さないかもしれません。

しかし、世界の人口は増え続けています。

 

いくら資産を築いても無意味であり、常に市場価値を高く保って働き続ける以外に生きる道が無い

そんな風に不安を煽る、悪意のあるミスリードではないかとすら疑ってしまいます。

高齢者が社会保障の受給者になることなく生涯働いてくれれば、国の負担は劇的に減ります。

自ら学び直しをし、キャリア形成に励み、高い技能を身につけてくれれば言うこと無いでしょう。

国民がこうなったら国としては助かる、という理想や思いは分からなくはありません。

ですが、一つ一つのパーツを繋ぐ論理が破綻していると思います。

人手不足に起因する問題の解決策は単純労働の提供であり、定年延長や学び直しとの関係は薄いです。

単純労働の不足を補う方法はロボット等による機械化や外国人材の受け入れ等いくつもあります。

機械で置き換えられない単純労働が人間の仕事になるでしょうが、それは主に肉体労働でしょう。

定年の延長・廃止によって増えるのは高齢の労働者です。

肉体労働の担い手として期待できるとはとても思えません。

できる少数の人とその他大勢の格差が広がるだけ

そしてもう一つ気になったのは、世の中の大多数が簡単なこともできないレベルだという記事です。

世の中は「簡単なこと」ができない人たちで溢れている

以前は文章読解能力や論理・数学能力がなくてもちゃんとお金を稼げたのに、知識社会化が進んだことで、こうした仕事が新興国やAIロボットに代替されて、認知能力の欠如が「問題」として浮上してきたんだと思います。

先ほどの市場価値を高め続けなければ生きていけないという記事とは対照的な内容です。

そして、私の認識はこちらの記事の方に近いです。

誰もが高度な技能を身に着ける世の中なんて現実的ではないと思います。

テクノロジーは飛躍的に進歩しても、人間の能力はそんなに急激に伸びないのでしょう。

1つ目の記事の最後の方に「AIに淘汰されない人材づくり」についての言及があります。

でも、私は大多数の人間の仕事はAIに淘汰されても良いと思っています。

AIが労働力になってくれるのであれば、その分余暇が生まれます。記事で想定する未来と逆です。

産業革命もそうだったように、AIで代替できる単純労働は無くなるでしょう。

AIに代替されない高度に知的な仕事ができる人は高い収入を得られます。

それができない人は、同じくAIによる代替が難しい肉体労働等の単純労働で低い収入を得ます。

両方できない人は資産からの収入や社会保障で生きていく。それだけのことだと思います。

今ある格差が更に拡大するでしょうが、暴動のリスクを考えても富の再分配は為されるでしょう。

 

確かに、少子化によって日本での生活が苦しいものになるということはほぼ確実でしょう。

しかしだからと言って資産形成が無駄になったり、有能でないと生きていけない世の中にはならない。

極端な意見にむやみに不安を煽られないようにしたいものです。

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